古道具 中野商店

西東京の街の古道具屋「中野商店」、そこに集う人々。
それぞれのじれったい恋のようなもの、あるいは恋そのもの。
小道具も、科白も、行間の空気感も、まさに川上弘美ワールド。

登場するアパートの大家夫妻は、大きなアフガンハウンドを飼っているが、やがて死んでしまう。
主人公ヒトミが、恋のような友情のようなあいまいな感情を抱くようになるバイト仲間のタケオは、「犬が死ぬと、つらい」とぽつりとつぶやく。
同級生のいじめによって小指の先を失った過去を持つ彼は、子供の頃から飼っていた犬が去年死んだから中野商店で働き始めた、と言う。

この小説で犬が出てくる場面は、このちょっとしたエピソードだけ。
でも、この作家は犬と暮らすということの究極的な意味を、自らの小説に残酷に利用する。

犬は飼い主より、早く死ぬ。
飼い主は犬より、早く死んではいけない。
犬と暮らすということは、その死を必ず受け止めなければならない、ということ。
愛する者の死を、必ず受け止めなければならない、ということ。


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動物記

現代日本の「シートン動物記」とも言うべき作品。
誠実な文章で、捨て犬や人間のエゴが動物を苦しめる不条理をていねいに訴えかけている。
兄弟犬がたどる数奇な運命に胸が締め付けられる。

子供の頃「狼王ロボ」が大好きだったぼくは、なんだか懐かしい胸の奥がきゅんとする不思議な追憶にひたったのです。

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号泣する準備はできていた

身を切るようにせつない恋愛の本質を的確に描いた小説は、同性同士のそれを題材としたものであることが多い。
男女の恋愛において生じる諸々の現実的事象が、恋愛という不思議な感情の本質を表現しようとする時に邪魔になるからであろう。

江國香織の直木賞受賞作「号泣する準備はできていた」
収録の「熱帯夜」は、そんな純度100%の恋愛小説だった。
千花と秋美のどこにも行き着く先のない恋。

どんなに愛し合っていても、これ以上前に進むことはできない。 たとえば結婚も離婚もなく、たとえば妊娠も堕胎もない。

本当の恋のただ中にいるとき、ぼくたちはけっして世界の中心で叫ぶことはなく、だだっ広い世界の片隅でたった二人だけの異邦人となる。

江國香織の文体は実は苦手なんだけれど、若い女性が憧れるタイプだということはよくわかる。
おもしろいのは、どの物語にも必ずと言っていいほど犬が登場すること。
たしかゴールデンリトリーバーを飼っていたはずだし、相当な愛犬家なのだろう。
先述の「熱帯夜」には犬が登場する気配がないと思ったら、小説の最後がこんな風に締められていた。

マンションに帰ったら、私たちはくっついて眠るだろう。たぶん今夜は性交はしない。 ただぴったりくっついて眠るだろう。男も女も、犬も子供もいる世の中の片隅で。
恋する二人以外の世界の代表的構成員が、男と女と子供とそれに犬だとはなかなか愉快じゃないか。

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いま、会いにゆきます

あまりにも有名になったこのいささか感傷的に過ぎる小説のテーマは、「選択」ではないか。
小説のヒロイン澪は、ある夏の日ある重大な選択をしてある人々に、会いにゆく。

六月のやさしい雨、森の中の廃屋、エンデの「モモ」、死んだ人間が暮らす星・アーカイブ星、誰よりも愛し誰よりも愛してくれた美しい妻とその想い出、忘れ形見となった彼らの息子。
これで泣かなかったら人間じゃない、と言わんばかりの道具立てでずるいことこの上ない。
しかし、心をゆさぶる小説とはたいていずるいものなのです。

重要な登場人物(といってもこの小説の登場人物は片手で足りる)に、妹の看護に一生のほとんどを費やして抜け殻のようになったノンブル先生とその飼い犬プーがいる。
小説の後半でノンブル先生は病に倒れて入院し、飼い主を失ったプーは路頭に迷うことになり結局は失踪し行方がわからなくなってしまう。以前の飼い主の元で声帯除去手術を受けたプーは声を失っているのだが、ノンブル先生と暮らした家を離れる時に、風のような声にならない叫び声をあげる。
終始主人公とその失われた妻を中心に語られるこの物語の中で、このエピソードだけが妙に不自然に挿入されている。そのことには、さりげなく重要な意味が込められている。

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バベルの犬

大学教授ポールの最愛の妻レクシーが、彼の留守中に庭のリンゴの木から落ちて死んだ。
警察は事故死と判定した。
事故死? わざわざリンゴの木に登る理由なんて思いつかない。
自殺? キッチンには死の直前にステーキを焼いた形跡がある。
それに自殺する理由なんてない、二人は誰よりも深く愛し合っていたのだから。
その瞬間すべてを目撃していたのは、ローデシアン・リッジバックのローレライだけ。
あなたならどうしますか?
彼は、真実を知るためにローレライ(犬ですよ)が言葉を話せるようになるよう、訓練を開始するのである。ウソだろ、おい!という感じの導入で小説は始まる。
彼は、彼と彼女の出会いから彼女の死までの出来事を、訓練の合間にひとつづつ思い出していく。
しかし、彼女が死の直前に一つの大きな選択をしていたことを、彼は知らない。
その選択とは...?

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